初期NHKの空中線敷設:カウンターポイズの採用

仕事場から運んできた荷物をポツポツ整理し始めていますが、よくあるパターンで手に取った資料や本を眺めはじめて整理が進まないという・・

で、その中の一つ。

1985年に、放送用中波空中線60年史編集委員会 というところから『放送用中波空中線六十年史』という、そのまんまのタイトルの簡易印刷本が出てまして、以前野暮用でNDLに行ったときに、数ページコピーしていたらしいです。なんの興味でコピーしたのか最初は思い出せませんでしたが、そうなんです。カウンターポイズ設置についての記録部分なんですよね。

放送開始当初の空中線設置の際、「敷地が高燥な場合にはカウンタポイズ、低湿な場合には埋線設置を採用した」、と書いてます。ところが「カウンターポイズは各所で使用したが、保守上煩雑で、その上空中線実効高を低下する疑問がもたれたころなどから漸次使用されなくな」ったらしく、最後の使用実績は昭和30年頃の静岡放送局だったとのこと。添付表によれば11の放送設備で使われていたらしいです。

郵政博物館内に現存しているJ.O.A.K新郷放送局のアンテナも当初はカウンターポイズが敷設されていたらしく鉄塔両端の90メートルにわたって7メートル高の線がはられています。

同委員会、p.I-27

うむ、たしかにベランダのカウンターポイズ線をはわせるのも「煩瑣」でありますから、この線をピンとはるのはすごい手間だよなあ。

あ、あと、愛宕山のNHK放送博物館の常設展示に1927年の甲子園(中等野球)大会の初中継についてのメモがあったのを思い出しました。この中継用に設置された放送設備もそのメモによればカウンターポイズが使われていたと、記憶してます。同メモタイトルは、同展示を写真に撮ってネットにアップされている方がいましたのでわかります。「野球放送創始記録」(昭和2年2月)という手書きメモですね。

 

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